2008年05月18日

NHK大河ドラマ篤姫第20回「婚礼の夜」

あおい、アヒルと息ピッタリ!アフラック新CM

篤姫★話題・・篤姫の亡くなった年齢は??

大奥とは

NHK大河ドラマ篤姫第20回「婚礼の夜」

大奥は1000人の女性達が集まった世界。

江戸時代後期に作られた「奥奉公出世スゴロク」で大奥の世界を垣間見ることができます

大奥のすべてを取り仕切っていたのが御年寄:大奥・年寄、滝山(稲森いずみ)

大奥はキャリアウーマンの集まった世界でもありました。

★★★

婚礼を前に、篤姫(宮崎あおい)は、33歳にもなってかくれんぼ遊びに興じる家定(堺雅人)を見て、その人格に疑問を抱きます。

幾島(松坂慶子)は・・

お世継ぎを授かる心得を教え、家定(堺雅人)の人格を疑う、、篤姫(宮崎あおい)をたしなめますが、大奥のすべてを取り仕切っていたのが御年寄:大奥・年寄、滝山(稲森いずみ)

「うつけものという噂があるのですが・・」と質問してしまいますが、なんということを質問するのかと大奥・年寄、滝山(稲森いずみ)に一喝され、
「魔がさすとはこのことじゃ・・」と後悔する幾島(松坂慶子)

★★★

噂を耳にした尚吾郎(瑛太)も薩摩の地から、篤姫(宮崎あおい)の身を案じます。

★★★

そして迎えた安政3年1856年12月18日・婚礼当日・・・。

幾島(松坂慶子)、いよいよじゃ。もう逃げられぬ・・」・・・篤姫(宮崎あおい)

篤姫(宮崎あおい)は、この日を境に御代様と呼ばれることになります。

長い儀式を終え、夜の寝間入りに。

「ワタクシはこれにて・・・くれぐれも公方様(くぼうさま)に好いていただけますように・・・」幾島(松坂慶子)

篤姫(宮崎あおい)は身を堅くして
家定(堺雅人)の訪れを待つが、家定(堺雅人)は、現れるなり、「わしは疲れた」とさっさと寝てしまいます。

篤姫(宮崎あおい)は「よろしくお願いします・・」と大声で挨拶をして、家定(堺雅人)から「うるさい、目が覚めてしまう」怒られてしまいます・・

また、眠れぬことを案じて、「なにか面白い話でも・・」という、家定(堺雅人)に、総領事官のハリスの話をしようとして・・「二度と、そんな話しは聞きたくない!!」とますます怒らせてしまう篤姫(宮崎あおい)

「昔話を聞かせよ・・」と、家定(堺雅人)

篤姫(宮崎あおい)は・・・夫婦のねずみの話を・・・しながら・・眠ってしまった・・

「面白そうなのに・・続きはどうしてくれるのじゃ・・」、家定(堺雅人)

★★★

翌朝・・

「なにもなかったじゃと!!!先に寝てしまった・・・世継ぎはどうなるのじゃ・・・はぁ・・・」と

家定(堺雅人)生母・本寿院(高畑淳子)

★★★

大奥では、毎朝、将軍と御台所が揃って仏間に入り、先祖のご位牌に手を合わせる決まりがありました。

しかしこの日は、家定(堺雅人)生母・本寿院(高畑淳子)姿は見せず・・

「御代様・・ごきげん麗しく・・・」と お志賀(鶴田真由)家定(堺雅人)様の側室)・・・

★★★

篤姫(宮崎あおい)が、昔話をしたという話しを聞いて幾島(松坂慶子)

「笑い事ではございませんっつ!!!!!」

「それよりも、家定(堺雅人)様は、うつけかと思えばそうではない・・・まともかと思えばそうではない・・わからぬ・・側室(鶴田真由)がいる・・ということはまとも??」と篤姫(宮崎あおい)

幾島(松坂慶子)

「これは女の戦いにございます。側室より先にお子を授かるしかございません!!お世継ぎを!!!」

その後、家定(堺雅人)様は篤姫(宮崎あおい)の元へ来ることはありませんでした。

「仕方がないで済むことではございません・・」と幾島(松坂慶子)ほか・・

ついに・・幾島(松坂慶子)は・・

「以前より存じておりました・・・うつけの噂・・けれど斉彬(高橋英樹)様は・・うつけとは思えないとも申しております。」

「自分自身で確かめる・・」と篤姫(宮崎あおい)・・

かもを追いかけて遊ぶ、家定(堺雅人)様の元に近づき・・

一緒にかもを追いかけ始める篤姫(宮崎あおい)・・・

「危ないじゃないか・・」と家定(堺雅人)様・・・

家定(堺雅人)様はうつけではない・・断じてうつけではない・・」篤姫(宮崎あおい)・・・・

★★★

<篤姫>視聴率20%超 人気の秘密は「家族愛」

★★★

NHK大河ドラマ篤姫第19回「大奥入城」

NHK大河ドラマ篤姫第18回「斉彬の蜜命」20.9%

NHK大河ドラマ篤姫第17回「予期せぬ縁組」23.1%

NHK大河ドラマ篤姫・第7回〜第15回

★★★

NHK大河ドラマ篤姫第18回「斉彬の蜜命」
尚吾郎(瑛太)は お近(ともさかりえ)は夫婦になりました。

★★★

大奥とは

★★★

<妻夫木聡>「伝える使命感を感じる」 NHK大河ドラマ「天地人」で主役・直江兼続

主演は妻夫木聡さん=来年のNHK大河ドラマ「天地人」

直江兼続 - Wikipedia



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大奥とは???フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

NHK大河ドラマ篤姫

大奥は1000人の女性達が集まった世界。

江戸時代後期に作られた「奥奉公出世スゴロク」で大奥の世界を垣間見ることができます

大奥のすべてを取り仕切っていたのが御年寄:大奥・年寄、滝山(稲森いずみ)

大奥はキャリアウーマンの集まった世界でもありました。

★★★

大奥(おおおく)とは江戸城に存在した将軍や大御所の正室や側室、その生母や子女、及び御殿女中(奥女中)たちの居所

初代徳川家康の時代から江戸城に「大奥」と呼ばれる区画は存在していたが、その当時は「表」と「奥」―つまり男性と女性の境界が存在せず、正室や女中などが表に足を運んだり家臣が奥を訪れる事があった。その後、3代徳川家光の時代に家光の乳母で権勢を振るった春日局が元和4年(1618年)に大奥法度を定め、将軍家の奥を制度上で部署的なものとして整備し統括した。

慶応4年(1868年)4月、江戸幕府は新政府軍に江戸城を明渡すことになった。
大奥に残っていた、本寿院(13代将軍生母)と天璋院(13代将軍御台所)は一橋家の屋敷へ、静寛院宮(和宮親子内親王)は西ノ丸にいた実成院(14代将軍生母)とともに田安屋敷へと移り、城の明け渡しに備えた。4月11日(5月3日)、東海道先鋒総督が江戸城に入った。この時、城に入った人数は約800名とされる。大奥法度も廃止となった

ちなみに最後の将軍であった徳川慶喜の正室・一条美賀子は一度も大奥入りしなかったので、この場には立ち会わせなかった。

★★★

本丸御殿を3つに大別した時、

幕府の政庁に当たる「表」
将軍が執務を行ない普段の生活空間でもある「中奥」
将軍の妻妾や女中たちのいる「大奥」
に区別された(将軍家以外の武家では大奥に相当する空間を「奥」あるいは「奥向き」、あるいは「大奥」と呼称していた[1])。

大奥は江戸城本丸、二丸、西丸に位置していたが、将軍と将軍の幼い息子、及び御匙医師を除けば基本的に男性が立ち入る事が許されていなかった。基本的に、本丸大奥は将軍夫妻、二丸は将軍生母や元将軍側室。大奥西丸は世子夫妻か大御所夫妻が住んでいた。ただし本丸の非常時には、二丸や西丸がそれぞれ本丸の代わりとして機能した。[2]

本丸御殿は表と中奥が同一の建物であるのに対して大奥は別の建物として分離しており、周囲を銅塀によって囲われていた。この間を繋いでいるのは僅か一本の廊下であり「御鈴廊下」と呼ばれていた。将軍が大奥へ入る際に鈴のついた紐を引いて鈴を鳴らして合図を送り、出入り口である「御錠口」の開錠をさせていた事からこの名が付いた。後に火事等の緊急事態を想定して作られたのが「下御鈴廊下」であるとされている。

大奥は大別して広敷向・長局向・御殿向に区画される

大奥広敷向

大奥の事務や警備等を担う男性役人の詰所から成る。
唯一男性も入る事の出来る区画だが、もちろん御殿向と長局向には入れないため、広敷向と各方面との間には御錠口があった。その中でも長局向の出入り口は七ツ口と言う。女中たちの部屋方の出入りや御用達商人からの買い物に用いられたもので、七ツ時(夕方4時)に閉まる事からこの名が付いたとされる。

大奥御殿向

将軍の寝所である御小座敷、御台所の居所である新御殿や御切手の間、側室や世嗣以外の子女の居所、奥女中の詰所などからなる。
長局向
奥女中たちの2階建ての居所である。一之側から四之側までの4棟があり、格式に応じて一之側が上臈や御年寄、二之側、三之側がその他のお目見え以上の女中、四之側がお目見え以下の女中たちに配分された

★★★

有名な大奥の女性

崇源院 - 2代将軍徳川秀忠の正室、3代将軍徳川家光の母。
春日局 - 徳川家光の乳母。
本理院 - 徳川家光の正室。
永光院 - 徳川家光の側室。春日局の死後、局の後継者として大奥を統率したとされる。
宝樹院 - 徳川家光の側室、4代将軍徳川家綱の生母。
順性院 - 徳川家光の側室、甲府宰相徳川綱重の生母。6代将軍徳川家宣の祖母。
桂昌院 - 徳川家光の側室、5代将軍徳川綱吉の生母。
浄光院 - 徳川綱吉の正室。
瑞春院 - 徳川綱吉の側室。
右衛門佐(局) - 徳川綱吉時代に大奥総支配を命ぜられたとされる将軍付上臈(御年寄という説もある)。
天英院 - 徳川家宣の正室。
月光院 - 徳川家宣の側室、7代将軍徳川家継の生母。
絵島 - 徳川家継時代に勢力をふるった御年寄。
広大院 - 11代将軍徳川家斉の正室。
姉小路 - 12代将軍徳川家慶付き上臈御年寄。家慶時代に勢力をふるったとされる。
本寿院 - 13代将軍徳川家定の生母。
瀧山 - 徳川家慶時代から14代将軍徳川家茂時代の御年寄。
天璋院 - 徳川家定の正室。
幾島 - 天璋院付の御年寄。
実成院 - 徳川家茂の生母。
和宮 - 徳川家茂の正室。

大奥 - Wikipedia

★★★

NHK大河ドラマ篤姫


<篤姫>視聴率20%超 人気の秘密は「家族愛」

★★★

NHK大河ドラマ篤姫第20回「婚礼の夜」

NHK大河ドラマ篤姫第19回「大奥入城」

NHK大河ドラマ篤姫第18回「斉彬の蜜命」20.9%

NHK大河ドラマ篤姫第17回「予期せぬ縁組」23.1%

NHK大河ドラマ篤姫・第7回〜第15回

★★★

NHK大河ドラマ篤姫第18回「斉彬の蜜命」
尚吾郎(瑛太)は お近(ともさかりえ)は夫婦になりました。

★★★

<妻夫木聡>「伝える使命感を感じる」 NHK大河ドラマ「天地人」で主役・直江兼続

主演は妻夫木聡さん=来年のNHK大河ドラマ「天地人」

直江兼続 - Wikipedia

posted by 江〜篤姫 at 23:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大奥とは・・

篤姫★話題・・篤姫の亡くなった年齢は??

★strong>篤姫(宮崎あおい)は、慶応3年(1867年)の江戸城無欠開城のとき、家具調度品を一切持たずに、お城を出たそう。その後、一ツ橋家に身を寄せ、徳川家からの援助で暮らし、徳川宗家16代・家達の養育を楽しみに過ごしたそうです。明治16年(1883年)、脳卒中により死去。48歳でした。

大政奉還、明治新政府発足後は、元大奥女中らの再就職や生活支援に奔走、生活を切り詰め、亡くなったときの所持金は3円(現在の5万円程度)だったそうです。

お墓は東京都台東区上野の寛永寺に夫・家定の墓と並べて埋葬されているそうです。(女性セブンより)

今度、東京に行ったときには、是非、寛永寺に行きたいものです。

★★★

NHK大河ドラマ篤姫

★★★

寛永寺(かんえいじ)

東京都台東区上野桜木一丁目にある天台宗関東総本山の寺院。

山号は東叡山(とうえいざん)。

東叡山寛永寺円頓院と号する。開基(創立者)は徳川家光、開山(初代住職)は天海、本尊は薬師如来である。

徳川将軍家の祈祷所・菩提寺であり、徳川歴代将軍15人のうち6人が寛永寺に眠る。17世紀半ばからは皇族が歴代住職を務め、日光山、比叡山をも管轄する天台宗の本山として近世には強大な権勢を誇ったが、慶応4年(1868年)の上野戦争で主要伽藍を焼失した。
寛永寺 - Wikipedia
posted by 江〜篤姫 at 16:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 篤姫・話題
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