2008年10月06日

NHK大河ドラマ「篤姫」第40回「息子の出陣」

NHK大河ドラマ『篤姫』第25回〜第39回
NHK大河ドラマ「篤姫」第39回「薩摩燃ゆ」
24.7%

松田翔太さんインタビュー(篤姫HPより)

★★★

NHK大河ドラマ篤姫第40回「息子の出陣」(10/5)

幕末、権威の落ちた江戸幕府に代わり、政治の舞台は京都に移りつつありました。

勢力を伸ばしたのは薩摩藩島津久光

しかし、島津久光が京都を離れている隙に、尊皇攘夷を掲げる長州藩が台頭し朝廷を接見。

両者の対立は一食触発の状態に。

長州藩の暴走を快く思わない公武合体派の薩摩藩らは長州を追い落とすことに成功・・・

★★★

元治元年(1864)春、大奥では、穏やかな毎日が過ぎていました。

そんな中、京都での勢力回復をはかる長州藩が、挙兵の準備を始めていました。

薩摩藩では

誠忠組の面々のもとに、島流しにされていた西郷(小澤征悦)が2年ぶりに帰ってくる。(軍賦役になる予定。)

その祝宴の席で、家老・小松帯刀瑛太)は芸妓・琴花・お琴(原田夏希)と運命的な出会いをする。

そんな中、京都での勢力回復をはかる長州藩が、御所への突入を決行する。

世に言う「蛤(はまぐり)御門の変」である。

小松帯刀瑛太)ら薩摩藩は幕府軍として参戦し、徳川慶喜(平岳大)とともにこれを迎え撃ち、みごと勝利をおさめる。

一方、大奥では、滝山(稲森いずみ)が将軍・徳川家茂松田翔太)に側室を持たせてはどうかと、天璋院篤姫宮アあおい)に進言する。

一刻も早く世継ぎをもうけて、徳川家の安泰を図りたい一心からであった。

しかし、和宮堀北真希)と徳川家茂松田翔太)の仲むつまじい夫婦ぶりに水をさしたくない、天璋院篤姫宮アあおい)は、これに強く反対する。

勝燐太郎(北大路欣也)の創設した海軍操練所は、「蛤御門の変」の影響を受け、閉鎖の危機を迎えていた。

勝燐太郎(北大路欣也)は弟子の坂本龍馬玉木宏)を小松帯刀瑛太)のもとに遣わし、塾生たちの面倒を見てもらうよう願い出る。

そのころ江戸城では、和宮堀北真希)に懐妊の兆しが見え、大奥は喜びにつつまれる。

ともに孫の誕生を待ちわびる天璋院篤姫宮アあおい)と観行院(かぎょういん・若村麻由美)
は喜びを分かちあう。

ところが、それから間もなく、和宮堀北真希)の懐妊は間違いであったことがわかる。

★★★

「私はまもなく出陣いたします、長州征伐です・・」徳川家茂松田翔太)は、天璋院篤姫宮アあおい)と、和宮堀北真希)に告げます。

★★★

重野(中嶋朋子)

歌橋(岩井友見)

★★★

NHK大河ドラマ『篤姫』第25回〜第39回
NHK大河ドラマ「篤姫」第39回「薩摩燃ゆ」24.7%

大河ドラマ 篤姫 http://www.nhk.or.jp/taiga/

天璋院 - Wikipedia

大河ドラマ 篤姫 http://www3.nhk.or.jp/taiga/

篤姫 (NHK大河ドラマ) - Wikipedia

NHK篤姫」 : 大河ドラマ情報

皇女和宮について
http://homepage2.nifty.com/amida/newpage15.html

皇女 和宮
http://www.h3.dion.ne.jp/~tammy22/sub66.htm


posted by 江〜篤姫 at 05:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 篤姫

松田翔太さんインタビュー(篤姫HPより)

NHK大河ドラマ『篤姫』第25回〜第39回

将軍・家茂役、松田翔太さんの得意料理はうにクリームパスタ・

★★★

徳川家茂松田翔太さんインタビュー(篤姫HPより)

家茂の初登場は母上(篤姫)との対面シーンで、13歳という設定でしたが、それほど違和感はありませんでした。まだ紀州の慶福の時代でしたから、母上とは立場も位も違う。その差が自然に年齢差にもつながったのではないかと思います。僕自身、初めての時代劇ということで緊張感があったのもよかった(笑)。きっと慶福は御台所との対面に緊張していたでしょうからね。

演じるうえでは、まだ13歳なのだから無理に正しいことを言おうとするのではなく、素直に表現すればいいのかなと思いました。そのためには、気持ちを浄化させて悪いことは考えない。そうしないと悪い顔になってしまうから(笑)、ふだんから清らかな気持ちで過ごすようにしていました。

収録に入ったとき、とてもうれしかったのは、宮崎あおいさんが最初から“ウエルカム”という姿勢で僕を受け入れてくれたこと。それが役と重なってすごくやりやすかった。篤姫は、家茂に母としてだけでなく、女性であるところもちゃんと見せてくれるし、弱い部分や悩みも隠さずに打ち明けてくれる。だから家茂も打ち解けて、なんでも話せたし、尊敬できたと思うんです。

宮崎さんは僕と同い年だけど、お芝居はベテランなので先輩にあたります。だけど、気を遣わせないし、一緒にいていやすい雰囲気をつくってくれる。息子として(笑)、演じやすいのですごくありがたいです。


幕末から明治維新にかけての歴史は、もともと好きだったんですよ。ただ、慶喜が将軍になってから後のことが中心で、その前のことはあまりよくわかっていなかった。

家茂はどんな仕事をしたのか、時代背景はどうだったのか。そんなことを知るために、徳川家の歴史がわかる本や年表などに目を通しました。ああ、激動の幕末はここからこうなったのか、長州征伐のときの将軍が家茂だったんだと改めて知ることができてよかったです。

将軍としての家茂は年表で見る限りでは寂しいですね(笑)。はっきりとこういう業績を残しましたといえるものがない。“公武合体”で和宮と結婚したということくらいでしょう。

ただ、業績ではなく人としての家茂を見たとき、その純粋でまっすぐな生き方はいいなあと思いますね。たとえば和宮のこと。どんな資料を読んでもふたりは本当に仲が良かったと書かれています。初めて会った瞬間に好きになったと考えることもできるけれど(笑)、それはないでしょう。むしろ公武合体の意味を十分に理解し、自分の中で消化させていたからこそ、前向きに国のために取り組んだ。攘夷の約束が無理なことを知りつつ、和宮のことも好きになろうと前向きに考えたんだと思います。

優柔不断なところもありますが、それは若さゆえでしょう。あの年齢で大坂で死んでしまったのかと思うとちょっと切ないですね。演じていても、まっすぐでピュアな青年だったんだなということを実感しています。大河ドラマ 篤姫

posted by 江〜篤姫 at 03:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 篤姫・キャスト
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