2008年10月20日

和宮(かずのみや)・堀北真希

「土曜スタジオパーク」篤姫で和宮皇女を演じるに堀北真希さん登場・その2
「土曜スタジオパーク」篤姫で和宮皇女を演じるに堀北真希さん登場

★★★

大河「篤姫」はいよいよ30%超えか (日刊ゲンダイ2008年8月13日掲載)
注目番組の視聴率(北京五輪・篤姫)
「篤姫」視聴率26・4%、内柴金を上回る

★★★

NHK大河ドラマ篤姫

和宮(かずのみや)・堀北真希

孝明天皇の妹。篤姫の義嫁。「公武一和」という政略のため将軍・家茂に嫁いだ。当初はどうしても武家のしきたりに馴染むことが出来ず、篤姫との関係もぎくしゃくしてしまう・・・。

大河ドラマ 篤姫

★★★

堀北真希、松田翔太が和宮と家茂の墓参り

★★★

和宮親子内親王皇女和宮

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


皇女和宮 和宮 親子内親王(かずのみや ちかこないしんのう、弘化3年閏5月10日(1846年7月3日) - 1877年9月2日)

仁孝天皇の第8皇女で、孝明天皇の異母妹。江戸幕府第14代将軍徳川家茂の正室である。

「和宮」は誕生の際に賜られた幼名で、「親子」は文久元年(1861年)の内親王宣下の際に賜られた諱である。号は静寛院宮(せいかんいんのみや)。

[不本意な結婚と大奥との対立]

江戸時代はもとより、それ以前に於いて、皇女が武家に降嫁し、関東下向した唯一の例である[1]。当初和宮自身がこの結婚に疑義を唱えていたのは有名な話であり、結局家茂との結婚が決まった[2]後も、幕府に異母姉淑子内親王の御殿[3]の建設や、降嫁後も大奥風ではなく御所風の生活を守ることなどを約束させている。但し、「御所風の生活」の方は幕府首脳が大奥に全く根回ししていなかったため約束は破棄同然となり、幕末の大奥が大混乱に陥った一因となった。

文久2年2月11日和宮と家茂の婚儀が行われたが、その様子はそれまでの十三代の将軍たちの婚儀とは異なっていた。和宮が征夷大将軍よりも高い身分である内親王の地位で降嫁したため、嫁入りした和宮が主人、嫁を貰う家茂が客分という逆転した立場で行われることとなった。このことは後々まで江戸城内において様々な形で尾を引くこととなった。江戸城内では武家の習いで将軍の正室を「御台様(みだいさま)」と呼んでいたが、親子はこれを拒否し「和宮様」と呼ばせたり、挨拶は家茂から和宮に言上するなどそれまでの徳川将軍家の慣例を破ることになり、江戸武家方と京都御所方双方の対立を煽ることとなった。

大奥で中臈だった大岡ませは、廊下で和宮に会った時、廊下の隅で平伏した自分の前を通り過ぎる和宮の袴からでた足が、足袋を履かずに素足だったことの驚きを明治になって語った。江戸大奥では足袋を履くのが決まりであったが、御所では勅許が出ないうちは足袋を履かないという「御所風の生活」を文字通り和宮が主張した結果のためである。尤も和宮に限らず御所方の宰相典侍庭田嗣子の「御側日記」にも、5月2日日光輪王寺の強飯式に「足袋をはかされ申すこと江戸方御用に懸り候人々式日にて眉なし」と記し、無理矢理足袋を履かされたことに対する困惑が見られた。

しかし江戸城大奥における武家方従者と御所方従者の対立とは別に、家茂は側室をおかず、和宮を生涯の伴侶とし、夫婦仲は良好であったとされている


[家茂死後]

和宮と家茂の間に子はなく、家茂は田安慶頼の子亀之助(のちの徳川家達)に相続させることを表明していたが、家茂薨去後、和宮は「唯今の時勢、幼齢の亀之助にては如何あるべき、確かなる後見の人なくては協(かな)はざることなれば、然るべき人体を天下の為に選ぶべし」と語ったという。老中板倉勝静らも多事多難の折柄、一橋慶喜こそ将軍に立てるべきと斡旋し、慶喜の後継に亀之助をと和宮に伺ったところ、和宮は「御遺命さへ反故とならずば異存なし、中納言(慶喜)の後をば必ず亀之助に継がしむべし」と許可したという。


[晩年]

幕府瓦解後一旦京都へ戻った和宮だが、明治天皇や天皇に随従して市谷砂土原に居住していた叔父の橋本実麗らの勧奨もあり再び東京へ戻ることを決め、明治7年7月に東京に戻り、麻布市兵衛町にある元八戸藩南部遠江守信順の屋敷に居住した。東京移居後は皇族や天璋院や家達をはじめとした徳川一門など幅広い交流を持つようになった。しかしこの頃より脚気を患い、明治10年8月、元奥医師の遠田澄庵の転地療養の勧めがあり箱根塔ノ沢へ向かった。転地療養先では地元住民との交流も行われたという証言がある[5]。程なく明治10年9月2日早朝、脚気衝心のため療養先の塔ノ沢で薨去する。

和宮親子内親王 - Wikipedia

皇女和宮について

皇女 和宮

皇女和宮 辞世の句

★★★


【2008年3月21日掲載】日テレ開局記念番組で結果を残した堀北真希
2008年3月24日(月)10時0分配信 日刊ゲンダイ



NHK大河ドラマ篤姫

<篤姫>視聴率20%超 人気の秘密は「家族愛」

堀北 真希(ほりきた まき、1988年10月6日 - )東京都清瀬市出身

2002年 - 中学2年生の時、部活動の帰宅中に畑道でジャージ姿でスウィートパワーにスカウトされる。当初は断ったものの、1ヶ月程して関係者による自宅訪問を受け芸能界入りが決まる。

2003年1月 - ドラマ『いつもふたりで』でテレビ初出演

2003年7月 - 映画『COSMIC RESCUE』のヒロイン役オーディションに合格し、同作で映画デビュー。

2003年10月 - ドラマ『ケータイ刑事 銭形舞』でテレビドラマ初主演。

2004年2月 - 映画『渋谷怪談2』で映画初主演。

2006年4月 - 『クロサギ』吉川氷柱役でヒロインを好演。

2006年10月 - 『鉄板少女アカネ!!』で、地上波のテレビドラマ初主演

2008年2月 - 第31回日本アカデミー賞優秀助演女優賞受賞。(『ALWAYS 続・三丁目の夕日』)


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posted by 江〜篤姫 at 15:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 篤姫・キャスト
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