2008年10月26日

堀北真希さんインタビュー(篤姫HPより)

堀北真希に恋のうわさ

和宮は、自分自身の幸せより“国のため、人のため”にがんばることのできた人だったんですね。

攘夷の実行のために江戸にお嫁に来たことも、のちに天璋院の影響を受けて徳川のために動くこともそう。とても使命感の強い人だったと思います。悲劇のイメージもあったのですが、公武合体で結婚した家茂さんとは本当にいい夫婦になっています。ふたりの結婚生活は長くは続かなかったけれど、女の人としての幸せを感じることもできたのではないかと思います。

ただ、最初のうちは、なぜ江戸に行くことがそれほど嫌なのか、いまひとつ実感できないところがありました。身分の低いところにお嫁に行くのが嫌だったのか、そもそも“身分”ということがよくわからないという具合(笑)。でも、いろいろ質問したり、お話しているうちに気がついたのは、現代の京都と東京の距離感とは比べものにならないほどの違いを感じていたのかなということ。見た目も言葉づかいも習慣も何もかも違うところに行く恐ろしさもあったでしょうし、婚約者もいたのだから泣く泣くお嫁に行ったというのもわかりますね。

江戸に入る前の、和宮の空白の部分を埋めるのは大変でしたが、江戸に入ってきてからの感情の流れというのは、自分も演じながら追っているのでわかりやすかったです。

江戸時代は遠い昔のことのように思っていたのですが、和宮を演じることで身近に感じられるようになりました。江戸から明治に移り、そこから外国との交流が始まって現在につながっているということがよくわかります。時代が変わり、その間に戦争もあったけれど、当時の人たちに感謝しなくてはいけないなって思います。


和宮は立場上、公の場で自ら口を開くことがなかったんですね。必要なことは誰かを通して伝えるという育ち方をしてきた人なので、自分の思いを言葉で話そうとしない。でも、言葉に出さないだけで感情は人並みにありますから、それをどう表現するのかというのが難しかったですね。ただ目線を動かすだけで、見ている方に和宮の思いが伝わるのかしらとか。お芝居するうえで、いろいろ工夫することが多かったです。

所作に関しても座る位置、手をつく場所、頭を下げる角度など、細かい決まりごとがとても大事だということがよくわかりました。そういえば、和宮は基本的に頭を下げないんですよ。そういう立場だったんです。そんな和宮が大奥に来て、だんだん天璋院に頭を下げるようになるんです。そんなところにも、天璋院の影響を受けて少しずつ心境が変化していった和宮の気持ちが表れていたりします。

大変だったのは家茂さんとのラブシーンでした。そこでもきちんと所作というのがありましたから(笑)。ふたりがふれあっているときって、ふつうはお互いに支え合って成り立ちますよね。でも、そこできちんとした形をキープしなければいけない。ふたりともどこか無理な体勢なのでぎくしゃくとしてふるえたり、かつらが大きいので頭をどこにつけたらいいのか困ったり。本当に大変でした(笑)。

かつらは、おすべらかし、切り髪を経験できたのですが、明治になると少しモダンな髪型になるそうです。衣装も十二単(ひとえ)からお被布まで、いろいろと楽しんでいます。

物語は、家茂さんが亡くなったあと徳川家がだんだん追い詰められていくのですが、そこで天璋院や和宮が運命に巻き込まれながら、どう生きていくのか。ふたりの関係がどうなっていくのかというところが見どころだと思います。天璋院と和宮がどうわかり合っていくのかという部分に注目してくださいね。

大河ドラマ 篤姫

「土曜スタジオパーク」篤姫で和宮皇女を演じるに堀北真希さん登場・その2
「土曜スタジオパーク」篤姫で和宮皇女を演じるに堀北真希さん登場

堀北真希に恋のうわさ

堀北真希主演の“月9”ドラマ『イノセント・ラヴ』初回視聴率は16.9%
ゆず北川“ホマキの写真集”絶賛、堀北真希「私も一目ぼれすると思う」

ホマキ、初のセミヌードショット
“ハタチ”の堀北真希、結婚は「10年以内にはしたい」


posted by 江〜篤姫 at 09:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 篤姫・話題
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。